ヴァレンタイン・ゲーム BY:かすみん様
「いいよ、そう言うと思ってたから……!」
今年もあっさりと、言葉だけで突っ返された小さな包み。
チープな華やかさを抑えようと、苦心して探し出した淡い藤色の包装紙を、
ビリーはわざと乱暴に音を立てて剥ぎ取った。
「いいんです、別に。それ見越して、俺自分が好きなの買いましたから」
リボンが床にぽとりと落ちる。裂けた包装紙が、遅れてカサリと落ちていく。
追い討ちをかけるように、箱の蓋まで足元にポイと投げ捨てた。
「……」
ギースが、こちらを見ている。
「知ってますか。最近じゃヴァレンタインでも、贈るチョコより自分で食べるチョコを高価にするそうですよ。まあ、賢い選択ですよね。もらう喜びを一番知ってるのは、むしろ贈る方ですから。贈られた方がどれだけ喜ぶかなんて、実際はバクチよりあてにならないんじゃないですか」
ベラベラと喋り続け、途切れたところで、丸く膨らんだチョコを一粒、ことさら無造作に口に投げ入れる。
とことん、らしくないことをしていた。
普段、部屋を片付ける役目の彼が、あえて自分から散らかすことはしない。
リボンをするりと解き、包装紙を丁寧にめくっていく作業は嫌いじゃなかった。
上質な菓子は、いつもゆっくり味わって食べている。お茶など用意して。
一気に口に放り込まれた塊が、腹いせのように強烈な味と香りを振りまいて、
ビリーはむせ返りそうになるのを、ぐっとこらえた。
「意味がわからないものをもらって、喜ぶ奴はいないだろう。当たり前のことだ。喜びようがないというだけのな」
「何のフリだよ、それは。わかってるだろ。わかってるからいつもそうなんだろ」
口の中にとろけたチョコが残っているその上に、ビリーは重ねてもう一粒を放り込んだ。
口内が熱い。言葉の冷気と中和して、背筋から全身がぬるくなっていく。
ぬるい……吐き気がしそうなほど。
「ハッキリ言えばいいんだよ、要らないとか、嫌いとか、いくらだって言いようはあるんだ。それができないくせに、期待だけはするななんて、虫が良すぎるとは思わないのかよ」
やはり、ギースはこちらを見ていた。
自分のらしくない言動すべてに、イラついているのだとビリーは解釈した。
それでよかった。臨むところだった。
そうでなければ、この人は自分のことなど見やしない。
いやきっと、他人のことなど始めから見ようとは思わないのだ。
自分を生ききることしか、この人の頭にはないのではないか。
……そして自分も、それを知ってなおここに居るのではないのか。
それがこの人の魅力なのだと、どこかで気づいていて──。
うっとおしい甘さだった。
洋酒の芳香と絡み付いて、逃れられない泥沼のような甘ったるさ。
「ま、お陰さまでこれから毎年、おいしい思いができますからね……感謝感謝!」
立て続けにチョコを二つ口に入れようとして、二つ目でその手を止められた。
手首をギースが握っていた。
唇を、ギースが塞いでいた。
憐れみ?まさか。じゃあ、うるさかったから?
どちらでも。どちらじゃなくても、よかった。
毒々しい甘さが嘘のようにひいて、代わりに脳髄が痺れていた。
用済みのチョコが、箱ごと落ちて床に散らばった。
直後、目を合わせたビリーは、その日初めて笑っていた。
「……何がおかしい」
「だって、食べましたね。今年」
「……!」
眉根を寄せると、ギースは掴んでいた手首を乱暴に振り下ろし、
「17時にエレベーターホールだ、いいな」
判を押しかけの書類の山を放り出し、コートを掴んで出て行った。
「やっぱ、毎年この日は厄日か……」
日の落ちかけた窓の外を眺めながら、今夜待ち受ける出来事を想像し、
ビリーは浅く溜め息をついた。口元に、心なしかの笑みをのせて。
-Fin.-
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