Cool Chocolate

 2月に入って、初めての休日。リリィに買い物に付き合わされる。なんとなく、判ってはいるんだけど、ちょっと落ち着かない。
「ほら、お兄ちゃん、これは?」
 もう試食のチョコは十個くらい食わされて、いくら嫌いじゃないって言っても、これはなかなかキツイ。
 でも、この件について「一番好みを知ってる」のは俺だろうから、しょうがない。
 いっぺん、リッパーに聞いたら、「嫌い、という以上は"残念ながら"判らんよ。…私も、あの方の嗜好については冒険したくないんでな」なんて言われた。あの人の好みは未開のジャングルとおんなじか。

 初めてチョコを食わせたら、「甘い」と言って嫌がられた。
 次の年にビターチョコを持っていったら、「後味に酸味が残る」なんて言われて。
 また翌年、思い切ってホワイトチョコを持っていったら、顔をしかめて食いもしなかったな…。

 買っているのは俺じゃない。
 贈っているのはリリィだ。
 でも、選んでいるのは俺。
 至極奇妙な心境で、毎年2月を迎える。

 サウスタウンにもバレンタインは来る。
 街の中には高級菓子店の支店だってある。
 普段そういうところに、入り慣れない人間たちも、このときばかりは勇んで店に入る。一粒で数ドルするようなチョコレートを四角い箱に詰めさせ、ラッピングの仕上げを待つ。
 リリィも毎年、俺を引っ張りまわしてこういう店に入るのが楽しみみたいで。たまにしか一緒には居てやれないから、思う存分付き合うけど。
 華やかな香りの中、俺は少々複雑で。
 また一粒、艶やかな塊が目の前に差し出される。
「さっきの、オレンジピールのはちょっと甘めだったよね」
 綺麗な板状の、真四角なチョコレート。角の立ち方がプラスチックのようで。少し、厚みがあるかな。
 口の中を正してから、ひょいとそれを放り込む。
 ちょっとだけ、甘さが強い…?
 でも……。
 あれ、味が変わる。
 ちょっとほろ苦くて、最後はすっと甘さが消える。
「面白いな、コレ」
ちょっと珍しいと思った。
 好みがどうのっていうのが無ければ、「食わせてみたい」味だった。
 興味を持った勢いで店員に声をかける。
「あのさ、コレ…もう少し、甘くないヤツ無い?」

「失礼します」
 ノックをして部屋に入る。
 今日は2月の14日。
 なんだかんだいって、朝から時間が合わなくて、もうしょうがないから、コーヒーを入れる役目をリッパーからぶんどった。
 デスクの前まで行って、コーヒーを先に置くと、彼は顔を上げ、俺をちらと見る。
「なんだ」
「えぇと、毎年恒例の…リリィから、ですが」
 上げた顔が、ちょっとだけ渋い。
 毎年この瞬間が、一番ツライ。
「さっき、リッパーとホッパーにも、おんなじ物渡してますから」
だからどうした。……なんて、俺が思ったらまずいか。
「えと、…いかがでしょう、一休みで、ティータイムってことで」
 上司の顔が、なんだか歯を抜かれる前の子供みたいな表情で、そんなにトラウマを植えつけたのかと、ちょっと自分が情けない。
 でも、今年は自信があるから、とゆっくり包みを解き始める。
 小さくて、上等な、義理と愛の詰まったようなミスマッチな外見に、自然と苦笑いが出る。
「毎年…飽きないものだな。ミス・カーンには、よく礼を言っておけ」
 最初の一言は、当然、俺に向けられて、
「はい、確かに」
俺は苦笑いのまま返す。
 蓋を開けると、ほのかにチョコレートの香りが広がる。彼にとっては苦手な匂いだろう。
 書類をどかして、胸の前に箱を滑らせると、小さく短いため息が聞こえた。
「やっぱダメですか?」
ちょっと申し訳なさげな声が出た。
「……自分が苦手だと判っているものを、口に入れて気分の良いものはおらんだろう」
 ごもっとも。
 ちょっとだけ、顔を背けて。机に肘をつき、頬に手を当てている。
 食べてみて、もらいたいんだけど…。やっぱりなんだか申し訳なくて。俺は箱の中のチョコを一ピース手に取った。

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「あぁ、そうだ」
「はい?」
 わずかにエスプレッソを残したカップを下げようとして、声をかけられた。
「後で…リッパーにコーヒーをもう一杯と、礼状用のカードを用意するように伝えてもらいたいのだが…」
「はぁ。でも何で急に」
 目が、少し泳いだあとゆっくり瞬いて。ギースは引き出しを開けると何かを摘んで机の上に置いた。
「カードが無いと、ちょっと格好がな…つかんだろう」
机の上に、小さな小さなキューブが二つ。ちょこんと、可愛らしく、華やかにラッピングされて、彼の机に不似合いなほど、それはあいらしさを振りまいていた。
「っ…ありがとう…ございますッ……リリィ、きっと喜びますよ……」
震える肩をぐっと抑えて、おざなりな言葉を返す。
「まぁ、今日はバレンタインデイ、だからな」
判っていながら、貰うだけというのも芸が無かろう、なんて言って包みを一つ、俺の手のひらに載せる。
 多分、きっと、俺は耳まで真っ赤になって。
 絶対に、恥ずかしさはこの人のほうが上なのに。
「Thank you sir.」
やっとそれだけ口にして、俺は部屋を後にした。

-Fin.-

 なにもね、チョコで無くたっていいと思うのですよ。どうせプレゼントの口実だって、公言しているんだったら、コロンだとか、ネクタイだとか、そういうもので良いんだと思うんですけどね。

 どっちかって言うと、その、プレゼントの口実と公言してやまないギースに、あえて必要の無い、むしろ敬遠されているチョコレートで、愛情を表現するってのはどうでしょう?みたいなね。

 つか、バレンタインといやぁ巷にチョコばっか溢れるあたしの周りで、マシュマロ一個探すのにも苦労するような状況ですよ。なんだかんだ言ってバレンタイン=チョコって思考に毒されているんだなぁとか、自嘲気味にそんなことも考えたりしつつ。

 でも、やっぱり、ライナスのバレンタインの切なさが一番印象として鮮明。私のバレンタイン観。

 あと、ちなみにキライなものを判ってて食わされる心境ってのは、ホント嫌なもんでね、私にしてみればピーマンあたりがそうなんですが、飲み屋とかに行って同席の人が、「あ、コレ食べたーい」なんていったメニュー見るとピーマンがどかっと乗ってたりしてげんなり、みたいな。

 でも、まれーに、ほんと臭くないピーマンとかあって、特殊なやつらしいんですけど、パリパリ食えちゃったりしたことがあって。まぁ当然全然違う味ではないんですけど。ギーやんにとってのチョコと、あたしにとってのピーマンが同じかどうかはさておき。酒とかは根本的に違うからね。あとそばアレルギーの方とかね。

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