Allayed pain
ギースは不機嫌だった。
理由ははっきりしていて、誰に当たるつもりも無いが、だからこそやり場のないいらつきが不機嫌さを増幅させている。
サウスタウンスクエアで、クリスマスイベントに出席していた際、刺客に襲撃を受けた。イブのキャンドルサービスの最中、発砲されたのだ。
だが、これはギースの不機嫌の理由ではない。
確かに、襲撃を受けた際、銃を持った男はすぐに取り押さえられたし、弾は幸いにも誰に当たることはなかった。しかし。
「……」
無言で更に不機嫌な表情を増すと、ギースは自分のこめかみに手を当てた。引っ掻いたような小さな傷が、薄いミミズ腫れと共にそこにあった。
ギースはちらりと時計を見やる。もうそろそろ、あの男が血相を変えてやってくる。思い浮かべて、また幾度目かの溜息をついた。
「ギース様!」
ドアが開いて、入ってきたのはビリー・カーンだった。ギースはできる限り表情を殺し、そして尋ねた。
「……何故来た?」
ビリーはそれを無視し、青い顔でいきなりギースの顔に触れる。
「これですか?お怪我は」
ギースのこめかみに小さな傷を見つけて、心底ほっとしたようにビリーは声を発した。
今日はイブだ。12月24日。
ビリーは午後に休暇を取って自宅に帰っていた。恐らく、クリスマスと、彼の誕生日を兼ねた団欒の最中であったに違いない。彼の服や髪からは、「あの家」の匂いがする。食事か何かの途中で、家族を放り出して、今、ビリーはオフィスに来ている。一年に一度の楽しみを放棄して。
ギースが不機嫌極まりない、最大にして唯一の理由だった。
「良かったです……。スクエアの方で、発砲騒ぎがあったって聞いて、ギース様怪我されたって……」
重ねて問おうと口を開いたギースの声は、ビリーの言葉に止められていた。
「すんません、俺、肝心な時に」
「ビリー……」
静かに、ビリーの名を呼んだ。もう、先ほどの押し殺したような音はなく、半分諦めたような声に聞こえた。
「……私が撃たれた訳ではない。お前も聞いているだろう? これは木の枝で……」
言いかけてやめた。
総てがらしくない、だが。
己で作った沈黙が、ひどく重く感じられた。
「あ、ギース様、これ何です?」
ギースの机上に見慣れぬ物体を見つけ、ビリーが尋ねた。
ビリーが指さしていた先には、細いチェーンで繋げられた2枚のプレートがあった。白色に近い銀色をした金属のオブジェだが、元々仕事に無関係なものが何一つ置かれぬギースのデスクにあって、それは滑稽なほど季節感をもたらしていた。
「セレモニーで使用するはずだったオーナメントだな…。あの騒ぎで、持ってきてしまったようだ」
ちゃり。
小さく音を立てて持ち上げられたオーナメントは、丸いプレートが雪の結晶の型にくり抜かれており、チェーンの反対側に抜かれたもう半分がぶら下がっていた。
「持って帰るか? お前の家のツリーにでも飾られれば、コレも役割をまっとうできるだろうからな」
ギースはビリーにオーナメントを手渡した。冷たい金属がぶつかり、再び小さな音をたてる。
やや、間があった。手の中に渡されたオーナメントを見て、動きを止めたビリーに向かい、ギースが帰宅を促そうとしたその時。
「コレ、半分コしません?」
突然の提案に視線を上げると、ビリーが顔の前にオーナメントをぶら下げて笑んでいた。俺いつも、ヒトよりプレゼント"たくさん"貰ってますから――そう続けながら、ビリーはギースにオーナメントを向けた。
「ビリー」
呼び止められ、ドアを開けたままビリーが振り返った。
「今夜は、災難だったな」
謝罪も怒りも悔悟も含まない、恐らく、発するまでに、かなり考えたはずのその言葉に、ビリーは僅かに吹き出し、
「お互い様ですよ!」
からからと笑い、そんな年もありますと重ねて返しながら、ビリーはオフィスを出て行った。
独り部屋に残ったギースは、デスクに置かれたままのオーナメントを持ち上げた。窓の外にはまだ街の明かりが映え、かろうじて日付はイブのままだ。
「Thanks for sharing.」
一言口にして、ギースは再び静かに銀色の光を眺めた。
-Fin.-
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