ビリー・カーンが怪我をした。 勤務時間外に、街を闊歩している途中、路地裏で5,6人の暴漢に襲われたとの事だった。 勿論、ビリーがただ襲われているはずもなく、その場にいた総てが病院送りにはなっていた。しかし、本人も無傷ではなく、頬と右腕を負傷。頬の傷はかすり傷程度であったが、右腕は僅かながら亀裂骨折を起こしていた。 右腕に包帯を巻いたビリーは、浮かない顔で廊下を歩いていた。昨日の件以来、まだ、雇い主の顔を見ていない。 できれば会いたくない。顔を合わせたら、恐らく叱責を受けるに違いないのだ。 叱責を受ける理由も検討はついている。だから尚更、顔を合わせたく、ない。 「怪我をしたそうだな」 目の前の顔が、いつになく不機嫌だ。 明るく広いオフィスで、自分の机に座し、書類事務をこなしながら、ギース・ハワードは目の前のビリーを見ようともしなかった。 「6人の実行犯については…」 口を開きかけたホッパーを片手で制し、ギースは続けた。 「何故、奴らは生きている」 来た、とビリーは思った。 「以前、私はお前に言ったはずだな。私の邪魔をするものは殺してでも排除しろ、と」 「あんたは「殺して良い」って言ったんだ。それに、あいつらは「あんたの邪魔」をしたわけじゃない」 「子供かお前は。そんな屁理屈が通ると思っているのか? お前を狙ってくるということは、すなわち私への叛旗であると。自分の、現在の位置(ポジション)もわからんほどお前は愚かなのか?」 一言を返すと3倍になって還ってくる。 それでも、ギースはビリーを見ようとはしない。 「数年前の、ガードの一人であった時分とは、お前の立場が違う。私の隣に立つ者は、自ずと総て、私の価値を表すのだ。お前の「価値」が、そのまま私の「価値」となることを忘れるな」 そんなことは、重々承知で、だから、ギースの機嫌が悪いのも、ビリーは良く解っていた。自分が、そういう意味では「しくじって」いるのだということも。 「次に気をつければ良いんだろ。何も、殺す事が前提じゃなくたって……」 「私を守り、自分も無傷で、その上敵の命も心配か? たいした大人物だな」 少し、ギースの口調が強くなった。 「残念ながら、今のお前には、その理想を実現させるだけの実力は、無い」 取り付く島も無い言い方から、いらつきが伝わる。 「次は殺せ」 部屋中が凍りつくかと思うほど、冷たい声が静かに響いた。一瞬だけ、静寂が場を被う。 「……アンタ、それ、イミ解って言ってる?」 頭では、ビリーも理解していた。だがどうしても、感情がその言葉を受け入れることを許さない。 「人が死ぬって、唯でさえ、えれぇメンドーで、厄介で、気分悪くて――。それを、他人にさせるって、イミ解ってンの?」 ギースは、そこで初めてビリーを見た。 気落ちと憤然の入り混じったような顔の、ビリー・カーンが其処に立っていた。 「感情論はいい。殺さなければ、お前が殺られる。それが現実だ」 ビリーが、唇を噛むのが見えた。 「実力が足りない者は、本人の理想より、何かしら引かねばならん。それが道理だろう。お前の命、敵の命、私の命。お前が選ぶべきはどれだ?」 「……」 ギースは、ビリーを見て言った。 「お前は、弱い。お前の理想を実現する力量に、足りぬ。それを理解して、仕事に臨め」 ギースは席を立つと、まとめた書類を傍らのリッパーに預けた。 「近いうち、怪我が完治した頃にでも、テスト的に何か仕事を回そう。それまで、単独での外出は控えておくんだな」 そういって、彼はビリーに退室を促した。 ビリーは、最初から最後まで、まっすぐにギースを見ていた。そして、そのままの態勢で、軽く一度頭を下げると、無言で部屋を出て行った。-To be continued.->> NEXT [ギース・ハワードの花嫁(15)]