タイトルは代わるかもしれません。ニュアンスが微妙。 これは、ギース・ハワード自身についての考察なんですが、前項の花嫁考察のコマと少しかぶりますね。ほんと微妙。花嫁には入れんでいいものぽいかと。 でも、どっちにしろ「ギース・ハワード」についての考察なんだよね。「花嫁」も。ビリーが出現する前から、その要素ってのは彼の人生で点々と存在しているわけで。 そんなわけで、「サウスタウン」と「ギース・ハワード」の関係。これは、育ての親であり、夫婦でもあるかな、なんてね。一枚目は、「育ての親である」と、ギースの口から。RB前か?ガロ3前後か?そのくらいですかね。2とか1ではない。…と思う。 2枚目は、画力無くってごめんなさい。RBの、勝利デモ中の「来い!来てみるがいい!」みたいに、屋上で腕組んで、街を見つめるギース(眼下の方じゃない、タウンのほうを見てるヤツ)のイメージです。 ギース・ハワードがギース・ハワードになったのは、この街に育てられ、彼自身が造りあげていったから。サウスタウンだからこそ、「彼」という人が「生まれた(not 産)」のではないかと。
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